あれは数年前、私が担当していたAさんご夫婦のことです。
夫のAさんは脳梗塞の後遺症でほぼ寝たきりの生活。介護をしていたのは、元看護師の奥様でした。
奥様は医療職の経験があるだけあって、介護は完璧。献身的に夫を支えていました。
私は毎月の訪問で、奥様から報告を聞き、「奥様がしっかりされているから安心だ」と信じきっていたのです。
最初の違和感
ある月の訪問時、ガレージにあるはずの車がありませんでした。
「どうされました?」と聞くと、奥様は「ちょっと事故をしてしまって、修理中なの」と。
その時は「お怪我がなくてよかったですね」と話し、訪問を終えました。
しかし翌月。また車がありません。 聞けば、今度は「近所の溝に落ちた」と言うのです。
その繰り返しが数か月続き、夫が通っていたデイサービスの職員からも同様の報告を受けました。
さすがに「何かがおかしい」と感じ始めた矢先、地域包括支援センターから連絡が入りました。
「Aさんの息子さんからお母さまに対する相談があっており、認知症専門外来を予約しました。」
突きつけられた現実
検査の結果は、アルツハイマー型認知症でした。
実は、寝たきりのご主人(Aさん)は、ずっと前から妻の異変に気づいていたのです。
これまで出来ていた家事ができなくなり、食事もままならない。Aさん自身も自宅での生活が限界に達していました。
しかし、脳梗塞の後遺症で言葉が出にくいAさんは、訪問した私にそのSOSを伝えることができなかったのです。
「私の家系は物忘れが多いから、私もそのうち分からなくなるかも」
以前、奥様が笑って言っていたあの言葉。なぜあの時、もっと深く受け止めなかったのか。
私は「話せる介護者(妻)」ばかりを見て、「話せない本人(夫)」の心の声を聞けていませんでした。
もっと早く気づいていれば、ご夫婦がもっと穏やかに過ごせる時間を守れたかもしれない。
現在、奥様は要介護5となり施設で暮らされています。
面会に行くたびに、あの頃の笑顔を思い出し、私は自分の未熟さを噛み締めています。

帰省時に見てほしい「親のチェックリスト」
プロである私ですら、毎月会っているのに「老い」や「とっさの言い訳」でサインを見逃してしまいました。
だからこそ、たまにしか会わない家族の「あれ?昔と違う」という直感が最も重要なのです。
お正月、実家に帰ったら、以下のポイントをさりげなくチェックしてください。
1. 環境の変化(家の中)
以前はできていたことが、できなくなっているサインです。
- 部屋が散らかっている(以前はきれい好きだったのに、掃除が行き届いていない)
- 冷蔵庫の中身(賞味期限切れの食品、同じ食材が大量にある)
- 水回りの汚れ(お風呂、トイレ、台所の衛生状態が悪化している)
- 料理の味付け(極端に濃い、または薄いなど味が変わった)
2. 行動・様子の変化
- 車の傷・へこみ(私の事例のように、小さな接触事故を繰り返している可能性があります。車体を一周見て回ってください)
- 表情の変化(昔と表情が違う、喜怒哀楽が激しい、または無反応)
- 会話の違和感(同じ話を何度も繰り返す、落ち着きがない)
- 記憶の欠落(配偶者や孫のことがふと分からなくなる、でも昔のことはよく覚えている)
「おかしい」と思ったらどうする?
「年のせいだろう」で済ませないでください。 認知症には、アルツハイマー型だけでなく、幻視が見えるレビー小体型、感情の抑制が効かなくなる前頭側頭型など、様々な種類があります。
認知症は完治する病気ではありませんが、進行を遅らせる薬は開発されています。
最近では新しい治療薬(レカネマブ等)も登場し、早期発見の重要性は増しています。

どこに相談すればいい?
もし違和感を感じたら、お住まいの地域の「地域包括支援センター」や「認知症疾患医療センター」に相談してください。
「実家の地域名(〇〇市) 地域包括支援センター」で検索すれば、すぐに連絡先が出てきます。帰省する前に電話番号だけでも控えておきましょう。
「認知症疾患医療センター」は、北海道から沖縄まで、各都道府県に指定された病院が数多く存在します。
例えば、私の住む地域の近くにも専門のセンターがありますし、全国的なネットワークが整備されています。
ご実家の近くにも必ずあるはずですので、事前に場所を調べておくだけでも心の準備になります。
まとめ
年末年始の親孝行。それは、美味しいものを食べることやお土産を渡すことだけではありません。
「親の変化に気づき、守るための行動をとること」。これが最大の親孝行です。
もし、実家のドアを開けて「あれ?」と思ったら。 その違和感を無視せず、勇気を出して一歩踏み込んでみてください。
私のAさんご夫婦のような後悔を、皆さんにはしてほしくないのです。
